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ニッポンの社長 > 株式会社ブリングアップ史 代表取締役 野田 直史

― どん底から復帰したきっかけはなんですか。

 某制作会社からリストラされたスタッフを再教育したことがきっかけです。僕よりひと回り年下のスタッフの育成を担当。彼は元気がまったくない。覇気もない。「なんとか復活させてやりたい」と、日々指導し、また毎晩六本木界隈へ飲みにも行きました。最初は心を開きませんでしたがそのうち彼もホンネを話してくれるようになったんです。

 そこで僕は彼の長所を伸ばすように導いていきました。それから数ヵ月で彼は元気を取り戻しました。職場に戻ると、これまでとは一転、信頼されるスタッフとして評価され、人気番組のアシスタントプロデューサーを務めるまでになりました。ヒトが立ち直り、よさを発揮する姿を見て、僕は人材育成のおもしろさを実感。この仕事に骨を埋める覚悟ができた。僕自身も弱音をはいていた状態から立ち直り、テレビ業界をめざす人材を採用して育成する会社を立ち上げたんです。

― 人材採用の基準を教えてください。

 基準はないんです。どんなヒトでも受け入れますから。しいていえば、学歴や成績優秀な人材はNGです(笑)。テングになって、素直にヒトのいうことをきかないから。この仕事はチームワークが大切なので。逆に、ダメな人間ほどいい。ADとして3社で働いて失敗を繰り返し、3社ともNGを出された人材がいたけれど、ウチで育てた。そいつはいまでは地上波のディレクターになりましたからね。

 どんなにダメな人間でも長所は必ずある。本人がわかっていないだけ。そこを見つけて伸ばしてあげれば、短所なんかどんどん隠れてしまう。そうやっていけば、人間は必ず変われるんですよ。アントニオ猪木さんが「元気があればなんでもできる」って。僕もそう思うんです。前向きにがんばろうという人なら、どんな人でもウェルカム。

― 最後に今後のビジョンを聞かせてください。

 毎年40~50人を採用して、いろいろな制作会社に卒業生を送り出していくことです。今、テレビ制作会社ではADは慢性不足の状態で人材は取り合い状態。そんななかで、その会社でずっと活躍し続けるような恩義を忘れない優秀な人材を育てていきたいですね。

■ 野田 直史 (のだ なおし)

1961年、福岡県生まれ。兵庫県尼崎市で育つ。1983年に大阪学院大学経済学部を卒業後、地元の商社に就職。営業として順調に昇進を続けた後、30歳で退職。その後、三菱電機の子会社に転職。経験ゼロから原子力発電所のプラントエンジニアとなり、35歳でリーダーをまかされる。同業他社への転職を経て、2003年に大学時代の友人が代表を務める株式会社MNWに入社。テレビ番組制作を手がける人材の育成事業を担当。2010年に株式会社ブリングアップ史を設立、代表取締役に就任。

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プロフィール

  • お名前野田 直史
  • お名前(ふりがな)のだ なおし
  • 出身福岡県
  • 身長166cm
  • 体重62kg
  • 購読雑誌「致知」「プレジデント」など
  • 家族妻、長男、次男、長女
  • 座右の銘ネバー・ギブアップの精神
  • 尊敬する経営者稲盛 和夫
  • 尊敬する歴史上の人物土方 歳三
  • 好きな映画「愛と青春の旅立ち」
  • 好きなミュージシャン矢沢 永吉