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株式会社壱番屋 創業者 特別顧問 宗次 德二

感謝の気持ちを忘れずに、コツコツと地道に継続し続ける

みんなが知っているカレーの「CoCo壱番屋」。ココイチの愛称で知られるカレーのCoCo壱番屋は、現在全国に1,000店舗以上もある。またハワイや上海、台湾まで店舗を出店している。そのココイチの創業者、宗次德二は想像を絶するほどの人生を歩んできた。両親もいない極貧だった少年時代、荒れ狂うギャンブル好きの養父。数々の困難を乗り越えてきた宗次は、人に対する「感謝」の気持ちを常に忘れずに、見事1,000店舗を達成し、東証一部に上場を果たすことができた。

※下記はベンチャー通信18号(2006年4月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

【宗次 德二、その凄まじき起業人生】

 宗次德二の幼いころの記憶は、岡山県で養父母に手を引かれながら歩いていたところからはじまる。宗次には両親がいなかった。幼少期は孤児院で育った。そして3歳の時に、宗次姓の養父母に引き取られた。しかし、その養父母との生活は極貧だった。宗次は、幼いながらも「誰にも頼らずに、一人で生きていかなければ」と思ったと言う。小さい頃から潜在的に反骨精神が培われていったのだ。

 その後、公立高校の商業科に入学。そして高校を無事に卒業。宗次は、不動産関係の会社に就職した。それからまもなく現在の妻と知り合う。そして、結婚。結婚を機に独立を考えていた宗次は、マイホームを建て、その一階を事務所にして不動産仲介業をはじめた。その不動産仲介業は、食うには困らないほどの収入はあったが、毎日汗水たらして働くという仕事ではなかった。これといった目標もなく、ぐうたらしていることに疑問を感じた宗次は、何か日銭の入ってくる商売をやろうと決意。

 そこで考えたのが喫茶店だった。名古屋市内に店舗物件を見つけ、昭和49年に、喫茶店「バッカス」をオープン。開店にあたり、「モノや値段のサービスよりも、真心のサービスをしていこう」と、接客重視の営業方針を打ち立てた。それが功を奏し、バッカスは大繁盛。そして宗次は、近くに二号店である喫茶店「浮野亭」をオープンさせる。「浮野亭」は最初こそ不振だったものの、次第に軌道に乗っていった。

 さらに、より売上を伸ばすために出前のサービスも始めた。そのためにはライスメニューが必要だと考えた宗次は、カレーライスをメニューに加える。すると、そのカレーライスが爆発的な人気を博す。そして、三号店はカレー専門店にしようと宗次は考える。

 昭和53年、ついにカレー専門店「CoCo壱番屋」の一号店をオープン。しかし、開店二日目までは繁盛していた店も、次第に客足が遠のいていく。それでも宗次は、従業員を励ましながら品質の向上や真心の接客を徹底。すると、ある日、突然お客さんが戻ってきた。こうして、何とか軌道に乗った「CoCo壱番屋」は、その後も順調に店舗をオープンさせ、現在では世界中に1,000店舗以上を構える大企業に成長。一杯のカレーライスに人生の全てをかけ、見事に「日本のカレー王」になった宗次德二。その宗次に直撃してみた。

著名経営者

  • 株式会社大戸屋

    三森 久実
  • 株式会社ディー・エヌ・エー

    南場 智子
  • 株式会社ファンケル

    池森 賢二
  • 株式会社ファーストリテイリング

    柳井 正
  • GMOインターネット株式会社

    熊谷 正寿
  • 株式会社リンクアンドモチベーション

    小笹 芳央

プロフィール

  • お名前宗次 德二
  • お名前(ふりがな)むねつぐ とくじ
  • 出身石川県