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インディゴ株式会社 代表取締役社長 川上 聴

自由に貪欲に、アイデアをサービス化する発想を持ち続けたい

インターネットが広く一般に浸透し始めた1996年、Yahoo! JAPANの立ち上げ支援から起業したインディゴ。日本のIT業界のパイオニアの一つであり、「東大学生ベンチャー」として話題を集めた技術集団。2002年、創業者の孫泰蔵氏が同社を離れ、インディゴはシステム開発会社として新たなステージを模索することになる。ものづくりの原点に立ち返り、新たなアイデアのサービス化にこだわり続ける現在のインディゴを牽引するのが、川上代表だ。創業当時からエンジニアとして活躍し、2013年に代表に就任した同氏に話を聞いた。

― 御社の事業内容を教えてください。

 インターネットに特化したシステム開発会社として、お客さまのシステムの受託開発・運用・保守を行うシステム・インテグレーション事業と、自社独自の企画によって新たなサービスやソリューションを提供するサービス&ソリューション事業の2つが主な内容です。

 いわゆるICTを用いたシステム開発をベースとしていますが、ただシステムを作るのではなく、常に独自性やアイデアのサービス化(事業化)という観点を意識し事業を推進しています。

― 御社が創業した1996年はインターネットの黎明期といわれた時代ですが、起業に至った経緯について教えてください。

 同年1月に、Yahoo! JAPAN立ち上げのために来日していたジェリー・ヤン(Yahoo!の共同創業者の一人)に、当社の創業者である孫泰蔵氏(現ガンホー・オンライン・エンターテイメント、代表取締役会長)が会ったことが起業のきっかけになりました。

 1995年の春に、当時、東大経済学部の学生であった創業者の孫泰蔵氏が実兄の孫正義氏から米国のYahoo!とその創業者ジェリー・ヤンの話を聞き非常に興味を持ち、ITビジネスの最先端にふれること、および自分と同年代のITビジネスの創業者に会いたい一心で、友人知人らと共に同年に大学生を中心に100名ほどを集め Yahoo! JAPANの立ち上げ支援業務をソフトバンク社よりアルバイトで請け負ったことをきっかけに、1996年2月にその仲間達とインディゴ株式会社を設立することとなりました。その直後、インディゴにおいて、当時産まれたばかりのJava言語を用いたソフトウェア開発プロジェクトが立ち上げられ、そのエンジニア募集にエントリーしたアルバイトの一人が私でした。そして、それが孫泰蔵氏とインディゴとの出会いでした。

― インターネットが伸びていく当時の気運はどのようなものでしたか。

 当時の孫社長は、「これから必ずインターネットの時代が来る」と力説していて、とにかく「面白いことをやろう!」というマインドをもった人でしたね。

 当時はネットについてまだ手つかずの領域が多く、やることすべてが先駆的といわれた、すべての開発にワクワクしていました。

 新しいものを創るための技術を手に入れようという空気に溢れていて、毎日が楽しくて、睡眠時間なんていらないと思って開発に没頭していたような気がします。面白ければ何でもトライしてみようという気運がありました。

― 川上社長もその中で技術やノウハウを高めていったのですね。

 1996年にプログラマのアルバイトとして入社。プログラムを覚えて開発を任されるようになり、開発リーダーに就いてアプリケーションの制作を進めました。またHPを作るためのHTMLを覚えて、Webやプログラム、インターフェースの制作にも携わりました。ECの普及によってデータベースが必要になるとORACLEを覚え、同時にサーバのメンテナンスやOSネットワークの勉強など、ITの変遷とともに一通りのことをこなしてきましたね。

著名経営者

  • シダックス株式会社

    志太 勤
  • ヤマト運輸株式会社

    小倉 昌男
  • 京セラ株式会社

    稲盛 和夫
  • エステー株式会社

    鈴木 喬
  • 株式会社ディー・エヌ・エー

    南場 智子
  • 株式会社サイバーエージェント

    藤田 晋

プロフィール

  • お名前川上 聴
  • お名前(ふりがな)かわかみ あきら
  • 出身京都府
  • 身長178cm
  • 体重75kg
  • 血液型A型
  • 平均睡眠時間8時間
  • 趣味トレイルランニング、音楽
  • 購読雑誌登山雑誌
  • 家族
  • 今までに訪れた国6ヵ国
  • 休日の過ごし方トレランか家でゲーム
  • オススメの飲食店三軒茶屋の飲み屋
  • 出身校洛南高等学校
  • 今日の財布の中身3,000円