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株式会社インテリジェンス 相談役(創業者) 鎌田 和彦

個の時代に備えよ

取材時、冗談を飛ばしながら、常に笑顔を絶やさなかった鎌田和彦。鎌田は学生時代からビジネスをしている。そこで出会ったのが、あのUSEN社長の宇野康秀だ。新卒で入社した会社を1年足らずで退社。宇野などの仲間とともにインテリジェンスを創業。そのインテリジェンスは、創業して19年、いまやグループ社員4000名を超え、グループ年商も900億円を上回る勢い。しかし、鎌田は、撮影スタッフの「成功者っぽくカッコよく写っていますよ」との言葉に、「いや、僕は成功なんてしてませんよ」と真顔で答える。そんな彼の姿勢に、インテリジェンス急成長の秘密を垣間見た気がした。

※下記はベンチャー通信22号(2006年12月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

【インタビュー前編】世は平成バブル。学生企業が大流行

― 鎌田さんは、学生時代からビジネスをしていたそうですね。

 そうですね。当時、日本は空前のバブル経済。80年代の平成バブルの時です。その当時、学生企業というのが流行で、カッコよかったんです。学生なのにビジネスやっているって。時代もバブルだったので、世の中全体が勘違いしていた時代だと思います。日本全体が一種の陶酔のようなものに浸っていた。その頃は経済力が全て。学生でも羽振りが良くないと周りに評価されなかった。そんなステレオタイプな価値観に覆われていましたね。

 僕も大学1年生の時に「面白いぞ」と友人に誘われて、学生企業で働くことにした。当時は、“起業”とかいう意識もなかった。そもそも“起業”という言葉も世の中になかったですよ。ましてやアントレプレナーなんて、カッコイイ言葉なんて存在しない。もちろんIPO(株式上場)なんて夢のまた夢。

― 当時は、どんな仕事をしていたんですか?

 僕はイベントの企画をしていました。会社からは、「月5万円を定額でやる。自由にやっていい。束縛もない」という約束だった。

 でも、この言葉に騙された(笑)。月5万円でものすごく働かされた。ポケベルを渡されて、ポケベルが鳴ったら、電話をしろと。その渡されたポケベルが鳴りまくる。大学で授業を受けていても、そのポケベルがピーピー鳴り続ける。もう四六時中の拘束ですよ。たった月5万円で(笑)。

 でも仕事は面白かった。自分でイベントを企画して、企業にプレゼンする。そして、企画が受け入れられると、それを形にするべく動き回る。それがホント面白かった。

 しかし、給与が安すぎた。そこで条件闘争をしたんです。「おかしいじゃないか」と。でも、時給を上げてくれとは言わずに、自分が企画したプロジェクトの粗利の何%をくれという条件闘争をした。そうすれば、会社も自分もWin-Winだろうと。当時の僕は生意気でしたね。自分にすごい自信を持っていた。オレはできる男だと思っていた(笑)。

 その後、プロジェクトの粗利何%という給与形態が受け入れられ、がぜんヤル気もアップ。そうやって、徐々に商売の世界にドップリはまっていきましたね。それまでは、将来は大学の教授にでもなろうと漠然と考えていたんです。でも学生企業でビジネスの面白さに魅了されて、その虜になってしまった。将来はビジネスの世界で生きていこうと決めましたね。

著名経営者

  • 株式会社IDOM(旧:株式会社ガリバーインターナショナル)

    羽鳥 兼市
  • 株式会社ファーストリテイリング

    柳井 正
  • 株式会社セプテーニ・ホールディングス

    七村 守
  • ヤマト運輸株式会社

    小倉 昌男
  • 伊那食品工業株式会社

    塚越 寛
  • 株式会社ジャパネットたかた

    髙田 明

プロフィール

  • お名前鎌田 和彦
  • お名前(ふりがな)かまた かずひこ
  • 出身神奈川県
  • 身長181cm
  • 体重76kg
  • 平均睡眠時間7時間
  • 平均起床時間6時 30分
  • 趣味ワイン・ゴルフ
  • おススメ本「ロスチャイルド家と最高のワイン」
  • 購読雑誌日経ビジネス
  • 座右の銘終始一貫
  • 好きな食べ物寿司
  • 嫌いな食べ物にんじん