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KLab株式会社 代表取締役社長CEO 真田 哲弥

もがいて這いずりまわって自力で壁を突破せよ!

かつて大学入学と同時に起業、「真田を知らない学生はモグリ」と言われるほど関西のキャンパス界を仕切った男がいる。モバイル端末向けオンラインゲーム事業を中核とするネットベンチャー、KLab代表の真田氏だ。20代は情熱と勢いで次々と起業する一方、会社をツブすという苦い思いも味わった。そして、36歳にしてKLabを創業、同社を売上150億円超の東証一部上場企業に育て上げた。倒れても起き上がり、ついには大きな成功をつかむにいたった原動力はなんだったのか。真田氏に聞いた。

― 真田さんは波乱万丈の起業家人生を歩んできました。ふりかえってみて、ターニングポイントを教えてください。

 1997年、携帯電話向け通信技術を開発しているACCESSに入社、会社員として勤務したことです。それを契機に、自分の人生はガラッと変わりました。わずか1年間ほどでしたけれど、もう後がない状況のなかでの、人生初の会社員生活でした。

― 学生時代から企業経営をしてきた真田さんは、それまで会社勤めをしたことはいっさいありませんでした。なぜ、方向転換したのですか。

 方向転換ではありません。なぜなら、ネットビジネスで起業するため、ACCESSに入社したからです。1996年にヤフーが日本で発足、翌年には楽天が誕生していました。私も初めてインターネットに接した瞬間に「これからはネットの時代だ」と確信。「あれもしたい、これもしたい」とビジネスプランが次々と浮かんできました。しかし、アイデアをカタチにしようにも、その仕組みがサッパリわからない。それで、起業しようにもできなかったんです。だから、ネット技術の知識を習得する手段として、会社勤めを選んだのです。当初は3年計画だったのですが、最初の1年間で大体のことがわかり、1997年にはモバイルコンテンツ事業を主軸とするサイバードを設立しました。

― 真田さんの会社勤めは、ベンチャー起業家の間で意外な転身と受け止められていましたね。

 真意を知らない人たちは、「宮仕えをするなんて、アイツも堕ちたな」などと、いろいろ論評していたようですね(笑)。もちろん、すぐに起業するという方法もありましたよ。結果を恐れずチャレンジしなければベンチャー企業の成功はない、という信念は当時もいまも変わりません。でも私は、それまでに2度、起業した会社をツブしていました。さすがに3度目の失敗はできない。ラストチャンスは100%の確率で成功させなければならないんです。ネット技術を学べるなら、会社員になることにためらいはありませんでした。

― 大きな成功をつかむため、あえて回り道が必要だったのですね。

 そうですね。それに、また学生ベンチャーのノリで起業して成功していたとしても、KLabは今日のような規模にはならなかったでしょう。ひとつのことに腰をすえてじっくり勉強する時間なんて、起業家として突っ走っているときにはありません。それができたのは、会社勤めだったからです。おかげでネット技術の本質を学ぶことができました。目的が明確であれば、回り道は決してムダではないのです。

著名経営者

  • 株式会社壱番屋

    宗次 德二
  • ヤマト運輸株式会社

    小倉 昌男
  • 株式会社堀場製作所

    堀場 雅夫
  • 株式会社ディー・エヌ・エー

    南場 智子
  • 株式会社ニトリホールディングス

    似鳥 昭雄
  • エステー株式会社

    鈴木 喬

プロフィール

  • お名前真田 哲弥
  • お名前(ふりがな)さなだ てつや
  • 出身大阪府
  • 趣味音楽(オールジャンル)、ゴルフ、サーフィン、旅行
  • おススメ本『竜馬がゆく』司馬 遼太郎(著)
  • 座右の銘着眼大局、着手小局