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ニッポンの社長 > office ERIKO 代表 手塚 媛厘子

― 「コウテイ術」は、どのようにして生まれたのでしょうか。

 私自身の経験から生まれたのです。私は一般的な人の数倍の苦しい経験を重ね、「なぜ自分は、こんなに苦しむのだろう?」と悩み続けるような人生でした。

 それを変えるために、人体について、大脳学、宇宙学、スピリチュアル、目に見えないものの世界、様々なエネルギー、心理学、世の摂理、宗教、哲学など多種多様な勉強を重ね、知識を得る中で、「人は苦しむために生まれてきたわけではない」「自分の人生は自分次第でどうにでもなる」という考えに着地しました。それが、コウテイ術の入り口になったのです。

― その「苦しい経験」について、差し支えなければ教えてもらえますか。

 私は、生まれて今まで、苗字が8回変わっています。私自身が2度離婚し、私の母が3度離婚しているんです。実の父は酒乱で、酔っては私と妹、母に暴力をふるう人。そして2人目の父からは、4歳の時から9年間にわたって、性的虐待を受け続けました。

 3人目の父親との暮らしは借金地獄。連日督促状がポストに山の様に届き、催促の電話がひっきりなしにかかってくる。学校から帰ると電気と水道が止まっているような日もあり、家の中はそれまでとは別の意味で最悪でした。ある日、それに対し両親に直接文句をいった際、父親から殴る蹴るの暴力を受け、その時に母親もまったく助けてくれなかったので、即、高校を中退し家を出、自分で仕事をして生活する毎日になりました。

 昼は営業セールス、夜はホステスと無理な生活がたたりうつ病に。そんなときに当時お付き合いをしていた1人目の夫と結婚しました。でも途端にバブルが弾け、長男が生まれた月は給与が手取りで7万円。そこからの生活は自転車操業で借金が膨らむばかり。4人の子どもに恵まれましたが、その頃から夫の行為が、元父親の性的虐待とフラッシュバックするようになり、虐待の記憶が蘇るようになったんです。

 20回以上の流産も経験して、やがて離婚。子供を引き取り、借金を折半して離婚したのですが、生活をしていくために自己破産せざるを得ませんでした。

 その後、別れた夫から親権を取り返す裁判を起こされ、そのまままともに戦うと子供たちきょうだいが離れ離れになることが分かり、泣く泣く4人全員を父親側に渡すことに。この時が1度目の人生のどん底でしたね。

― その後、今の本拠である札幌に転居したそうですね。

 はい。札幌に転居したのは2012年のことです。ラーメン職人だった2人目の夫が、無添加素材の自然派ラーメンの店を出すということで、東京での暮らしを捨てて自然の豊かな北海道に一緒に来ました。でも出店までがまず大変で、お互いのストレスはMAXになり、ケンカが絶えない日々。札幌に来てから2ヵ月ほど経ったある日、警官が8人来るほどの大喧嘩になり、そのまま彼は1人で東京に帰ってしまいました。もちろんその後すぐに離婚です。身内、友人、知人が全くいないこの札幌の地に、1人取り残されました。これが人生2度目のどん底です。

 「なんで私だけこんな人生なんだ…」。子供のころからずっと考えていたことでしたが、子どもたちを失ったころから、本気で考えるようになりました。そこから様々なジャンルの勉強を始めたのです。

 自分で人生を立て直さなければ絶対に何も変わらない。私の生き方はずっと受け身で、他人に依存するどうしようもない人生だと2人目の夫との離婚時に気付きました。

著名経営者

  • 株式会社サイバーエージェント

    藤田 晋
  • 株式会社ファーストリテイリング

    柳井 正
  • マネックスグループ株式会社

    松本 大
  • 澤田ホールディングス株式会社

    澤田 秀雄
  • 株式会社インテリジェンス

    鎌田 和彦
  • 株式会社ジャパネットたかた

    髙田 明

プロフィール

  • お名前手塚 媛厘子
  • お名前(ふりがな)てづか えりこ