ニッポンの社長

ニッポンの社長 > 日本食研ホールディングス株式会社 最高経営責任者 代表取締役会長 大沢 一彦

日本食研ホールディングス株式会社 最高経営責任者 代表取締役会長 大沢 一彦

ほかと違うことをして誰よりも努力すればいい

造船とタオルで知られる今治市。もうひとつ、この地を代表する存在が調味料・加工食品メーカーの日本食研である。同社は1971年の創業以来、43期連続で黒字を達成。グループ全体の売上高は880億円をほこっている。一般的には「晩餐館焼肉のたれ」など家庭用商品のイメージが強いが、その真骨頂は売上の約9割を占める業務用商品の開発・営業力にあるという。非上場を貫く理由、後継者の育成法などをまじえて、創業者の大沢一彦氏に話を聞いた。

※下記は経営者通信34号(2015年1月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

客先の調理場に入って 加工食品のつくり方を提案

― 一代でこれほどまで企業成長を実現できた理由はなんですか。

  他人がやってないことをやり、ムチャクチャ努力したからです。

 私は農家の長男なので、一日中“ほし”で働きます。朝は朝星、夜は夜星。昼は梅干しを食べて、一所懸命に働く。おやじもおふくろもずーっと働いていたので私も同じです。毎日夕方に書類をもって帰って、寝るまで家で仕事しています。土日もお正月も関係なく続けていると、仕事を好きになるんです。その気持ちが成功の秘訣ですね。

 たとえば初めて焼肉のたれをつくったとき、家内とふたりで毎日改良を重ねました。試食をしすぎて2週間も舌がしびれましたが、そんなのは苦労じゃない。おかげで最初のヒット商品が生まれました。

― 創業の経緯を聞かせてください。

 農家の跡を継ぐために東京農大に進学したところ、在学中にハムメーカーでアルバイトする機会がありました。それがおもしろくて、卒業後は同業種の企業に就職。食肉の加工技術などを8年間勉強して、31歳で当社を創業しました。

 当時は私ひとりだったので、コンサルタントみたいなことから始めましたよ。「おたくに豚肉がありますよね。余った肉を焼き豚にして売りませんか? 調理法と売り方はすべて私が教えます」なんて提案しながら、調味料や調理器具を売っていったわけです。その後、同じ方法を社員に手取り足取り教えて、だんだん広めていきました。

― 営業スタッフが客先の調理場に入るのですか。

 そうそう。だから、当社は営業部じゃなく「営業技術部」と呼んでいます。料理のつくり方・売り方から原価計算まで、すべてお客さんに教えてあげる。こんな会社はほかにないので成功したんです。もし先行企業とがっぷり四つに組んだら、追いこせなかったでしょう。

あえて損をする商品をつくる

― 年間で約5600種類もの商品をつくっていると聞きました。多品種・少量生産では利益を出しづらくありませんか。

  そんな考え方はしません。全体としては儲からないといけませんが、会社はムダがあって黒字の状態がいちばん。だから、損するものをいっぱいつくれと指示しています。

 たとえば、あるお店から「この料理にあう調味料を1000円でつくってくれ」という依頼が来たとしましょう。だいたい試作に半日必要なので、人件費含めて原価は2万円以上。それでもつくって、1000円で売るんです。

 すると「日本食研が私たちのために調味料を開発してもってきてくれた。儲からないのに気の毒だから、お返しをしないといけない」と意気に感じてもらえる。もしその商品を気に入れば、次は10万円分の発注をしてくれるかもしれない。そうやって1000円の商品からイモづる式に増えていくわけです。

 だから、短期的な利益を得ることよりもお客さんに喜んでもらうことを大切にしています。

著名経営者

  • 株式会社ドリームインキュベータ

    堀 紘一
  • 株式会社サイバーエージェント

    藤田 晋
  • 日清食品株式会社

    安藤 百福
  • GMOインターネット株式会社

    熊谷 正寿
  • SBIホールディングス株式会社

    北尾 吉孝
  • 株式会社ホリプロ

    堀 威夫

プロフィール

  • お名前大沢 一彦
  • お名前(ふりがな)おおさわ かずひこ