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ニッポンの社長 > 澤田ホールディングス株式会社 代表取締役社長 澤田 秀雄

※下記はベンチャー通信30号(2008年1月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

【インタビュー中編】旅行好きだった少年時代

― 話は変わりますが、小さい頃の澤田さんはどのような少年でしたか。

 普通の少年でしたよ(笑)。でも好奇心は人一倍旺盛でしたね。小さい頃から旅行が好きでした。好奇心が強いので、新しいものを見たくてしょうがなかった。紀伊半島を自転車で一周したり、全国を旅行したりしていました。

― 両親はどんな職業をしていたのですか。

うちの両親は商売をやっていました。お菓子の製造卸しを営んでいました。

― やはり商売をしていた両親からの影響はありましたか。

 影響はあまりないと思います。もちろん子供ですので、影響を受けてないと思っても、多少の影響があったとは思います。しかし、どちらかと言うと小さい頃は、私は商売が嫌いでしたね。両親は遅くまで仕事をしていますし、もちろん商売なのでいい時ばかりでなく悪い時もある。そういうのを傍で見ていたので、将来は商売人なんてなりたくないと思っていました。

― では小さい頃は何になりたかったのですか。

 冒険家になりたかった。あと宇宙飛行士にも憧れていました。何しろ好奇心が強かったから、色々な未知のものに触れたかったんです。商売をやれば忙しいし、お金を稼ぐために必死に働かなくてはいけない。それよりも冒険していた方が楽しいじゃないですか(笑)。でも商売人の家に生まれたので、これも血なのでしょうね。ドイツに留学した頃から、将来は商売をしたいと思うようになりました。

― 留学時代について教えてください。

 当時、日本の大学は大学紛争がすごかった時期で、まともに大学生活を送れる状況ではありませんでした。とても混乱していて、初めて東大の入試が行われなかった年でもありました。だから海外に留学しようと決意しました。留学もアメリカやイギリスなどの人気な国ではなく、あえてドイツを選んだ。私はみんなが左に行けば、右に行きたくなる性分なんですよ。生来のあまのじゃくです(笑)。

 留学してからは旅行する範囲も広がって、全世界を旅しました。休みを利用して、アフリカやアジア、アメリカなどの世界50カ国以上を旅しました。でも、そのうち旅行費用を何とか工面しないと旅行を続けられなくなった。そこでお金を稼ぐために、ビジネスをやろうと思い立ったんです。

― 具体的には何のビジネスをしたんですか。

 まずドイツに来る日本人向けに通訳やガイドをしました。その当時、ドイツ語を話せる日本人は少なかったので、ドイツ語を話せる私は需要が高かった。そのうち個人相手ではなく、団体で行う方式に変更して、「日本語ガイドのナイトツアー」を企画するようになりました。顔見知りのホテルのスタッフに頼んで、私の作ったパンフレットを日本人に配ってもらった。そしてビアガーデンやレストランに行って、音楽やショーの交渉をしました。もちろん関わってくれた人には、成功報酬でお金を渡しました。これは儲かりましたね(笑)。月に100万円以上になりました。それを1ヶ月か2ヶ月間続けた後、旅に出るということを繰り返しました。短期間の学生ベンチャーみたいなものですね。

― その頃の経験がもとで、本格的に起業家を志したんですか。

 そうです。その間に日本人のビジネスマンに多く接したり、自分でもそういう学生ベンチャーみたいなことをして、ビジネスって意外と面白いなと思いました。大変だけど、面白かったですから。

著名経営者

  • 日清食品株式会社

    安藤 百福
  • 株式会社アシックス

    鬼塚 喜八郎
  • 株式会社ファンケル

    池森 賢二
  • 株式会社スタジオジブリ

    鈴木 敏夫
  • マネックスグループ株式会社

    松本 大
  • クオンタムリープ株式会社

    出井 伸之

プロフィール

  • お名前澤田 秀雄
  • お名前(ふりがな)さわだ ひでお
  • 出身大阪府
  • 身長179cm
  • 体重80kg
  • 平均睡眠時間6時間
  • 平均起床時間6時 40分
  • 趣味旅行
  • おススメ本歴史の本
  • 購読雑誌日経ビジネス
  • 両親の職業菓子類の製造卸業
  • 今までに訪れた国70ヵ国
  • 座右の銘自然の摂理を大切にすること
  • 尊敬する人安岡 正篤氏
  • 尊敬する経営者松下幸之助、本田宗一郎
  • 好きな食べ物中華料理・日本料理・イタリア料理
  • 嫌いな食べ物なし
  • 乗っている車センチュリー