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杉本不動産株式会社 代表取締役 杉本 裕也

土地が活きる、街が動く、人が笑う。そして地域が元気になる

札幌市の北西部を占める手稲区を中心に、不動産事業を展開する杉本不動産。1974年に創業した杉本グループの一翼を担う存在として、地域から高い信頼を集める会社である。同社を率いるのが、顧客本位の確かな仕事ぶりでユーザーからの熱い支持を受ける杉本代表。地場大手のハウスメーカーでキャリアを積み、自身の想いをカタチにすべく新たな会社を立ち上げた同氏が見据えるビジネスの姿とは――。北海道の不動産業界の未来を築く若きリーダーに話を聞いた。

― 御社の事業内容について教えてください。

 当社は不動産売買に特化した営業活動を行っている会社です。具体的には不動産の買取・再販、売買仲介においては主に売却のお手伝いを中心に展開。札幌市手稲区で、杉本グループとして祖父の代から不動産を中心とした事業を行っていることもあり、地域に根差した活動を心掛けています。

― 杉本代表はもともと経営者になりたいと考えていたのですか。

 幼少の頃から漠然と「社長になりたい」と思っていました。私の家系は祖父も父も経営者だったため、「経営者」というものが身近に感じられる環境で育った気がします。

 就職活動では、先に私の2人の姉がそれぞれ外資系金融会社と不動産業界最大手で活躍をしていたことから、ものすごいプレッシャーもありました(笑)そこで私も自然と営業職を志望。「セールスをするなら大きな商品を扱いたい」との思いでハウスメーカーや不動産会社を中心に就活を行い、地場大手のハウスメーカーに入社しました。それが私の不動産業界との出会いになりましたね。

― 住宅メーカーでは営業成績は順調に伸びましたか。

 一般家庭向けの注文住宅の営業が仕事でしたが、入社して1年間はまったくの鳴かず飛ばず(笑)。ビジネスマナーなど何も知らないような状態で、上司からは異端児と言われる始末で、営業成果はまったくといっていいほど上がらなかったんです。

 その時に受注ができなかった私は、我流を捨てて素直に周囲の人の意見を取り入れようと決め、まずは言われたことは必ずやりきろうと決めました。

 飛込営業や電話営業を徹底的にこなし、見込み客を増やし、そしてようやく
                           1年後に初受注できたのです。

 その初受注以来、次々とご契約をいただくようになりました。目の前の売上数字のことだけ考えずに、1年間コツコツとお客様との信頼関係を積み重ねてきたことがようやく花開き、継続的な受注に直結。やがて新人賞を獲得できるまでに成果が上がっていったんです。

― 何がきっかけとなって受注が伸びたのでしょうか。

 当時の自分の行動や習慣を変えてくれた、忘れられない言葉が2つあります。当時の会長から教わった、仕事に対する気構えを育む意味でも大いに影響を受けた言葉でした。

 1つは、「馬鹿につける薬は本しかない」。そこで、何よりも自分の意志で本を読む習慣を作り、感性を磨くことが大事だと学びました。1か月に10冊以上の営業ノウハウ本を購入して読み込んだことで、トークのスキルなどセールス技術の自信が芽生えました。

 もう1つは、「万物全て己の師」です。これは、出会う全ての人には何かしらの意味があり、それが良い人でも悪い人でも必ず自分にとっての勉強になる、ということ。それからは異業種交流会などに積極的に出るようになると、そこからお客様を紹介してもらえるようにもなり、視野や人脈が広がることになりました。この2つの言葉は経営者となった今も、自身への教訓として生きています。

著名経営者

  • 株式会社スタジオジブリ

    鈴木 敏夫
  • 株式会社インテリジェンス

    鎌田 和彦
  • 株式会社アシックス

    鬼塚 喜八郎
  • GMOインターネット株式会社

    熊谷 正寿
  • 株式会社ニトリホールディングス

    似鳥 昭雄
  • 株式会社ディー・エヌ・エー

    南場 智子

プロフィール

  • お名前杉本 裕也
  • お名前(ふりがな)すぎもと ひろなり