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株式会社和田総研 代表取締役会長 和田 一夫

5,000億円企業、ヤオハンの倒産から学んだこと

1997年9月18日、流通企業として当時最大の倒産が起きた。ピーク時に年商5,000億円を誇っていたヤオハングループの倒産だ。負債総額は約1,600億円。同グループが展開していた世界16ヵ国、450の店舗は整理・売却され、グループ会長の和田一夫氏も経営の座を降りることになった。銀行融資の個人保証もあり、当時68歳の和田氏は一夜にして無一文となる。しかし、彼の経営者生命はここで終わらなかった。翌年に経営コンサルティング業務をスタートし、73歳で中国企業の経営戦略顧問に就任。82歳の現在も国際経営コンサルタントとして、日中両国で精力的な活動を続けている。今回は和田一夫氏に、苦境から復活する方法、中国進出のポイントなどについて聞いた。

― 和田さんは熱海の八百屋からスタートし、約50年の歳月をかけて年商5,000億円の企業グループをつくりあげました。しかし、1997年にヤオハンジャパンが倒産。ヤオハングループの各社も整理・売却へと追い込まれました。和田さんの成功と失敗について聞かせてください。

 もともと私は八百屋の2代目です。若い頃、私はアメリカの流通業に触発され、八百屋をスーパーに変え、静岡県内でチェーン展開を進めました。当時の私の夢は、ヤオハンを日本一のスーパーにすること。その夢を叶えるため、ブラジルを皮切りに海外16ヵ国に450店舗を展開、国内外に上場企業9社を設立しました。最盛期には年商5,000億円、従業員2万8,000人の企業グループをつくりました。これが私の成功体験です。

 しかし、1997年、ヤオハンジャパンは資金繰りに行き詰まり、倒産しました。これが私の大失敗です。私は倒産の責任をとって、全グループの役職を辞職。当時は粉飾決算の容疑にもかけられ、どん底の状態でしたね。そして自らの全財産を差し出し、ゼロからの出発を決意しました。

― なぜ年商5,000億円もの企業グループが短期間で倒産へと陥ったのでしょうか?

 原因はいくつもあったと思います。そのひとつは、財務のチェック機能と危機管理がおろそかになっていたこと。倒産の直接的原因は海外事業ではなく、国内事業の不振にありました。つまり、海外事業という拡大路線そのものが失敗したわけではなく、拡大によって日本国内の守りを固めきれなくなっていたんです。他にも資金調達や同族経営など、いろいろ原因はありましたよ。でも、すべては慢心したトップが悪かったのです。

― すべてひっくるめて経営者の責任だと。

 ええ。財務や人事の問題も結局はトップの責任です。当時、私は「世界のヤオハン」と周りからおだてられ、慢心していました。そして、トップの驕りが役員や社員にも伝染していった。だから危機の予兆をつかんでいたのに、対処が遅れたのです。

 どの企業も成功が続いている時の方が危ない。「すべてがうまくいっている」と勘違いしてしまい、新たな問題に気づかなくなってしまうからです。絶頂期こそ、衰退に向かう危機だということを忘れてはいけません。若い経営者には、私と同じ失敗を決して繰り返して欲しくないと思います。

著名経営者

  • マネックスグループ株式会社

    松本 大
  • 株式会社堀場製作所

    堀場 雅夫
  • 株式会社リンクアンドモチベーション

    小笹 芳央
  • 株式会社ジャパネットたかた

    髙田 明
  • 伊那食品工業株式会社

    塚越 寛
  • 株式会社ディー・エヌ・エー

    南場 智子

プロフィール

  • お名前和田 一夫
  • お名前(ふりがな)わだ かずお
  • 出身神奈川県
  • 出身校日本大学