ニッポンの社長

ニッポンの社長 > インタビュー > 世の中に独自の価値を提供する社長 > 株式会社エル・ディー・ケイ 代表取締役社長 有村 政高

― 有村さんが、独自のビジネスを始めた経緯を教えてください。

 私はもともと、実業団(JT野球部)で野球をやっていたのですが、腰を故障して競技を断念。20代前半のときに友人の紹介で不動産会社に転職しました。

 そこで法人向け営業のノウハウを教わり、高い成績が上げられるようになったころ、エル・ディー・ケイの創業者から誘われたのです。「一緒に事業を始めないか」と。共同経営に近いスタイルで、創業者が東京を、私は副社長として大阪を担当することになりました。そして10年が経ち、2017年に代表取締役に就任したのです。

 責任のすべてを引き受ける立場になって、私はまず、社員の報酬体系を変えました。当社は立ち上げからずっと、社員の報酬体系はいわゆるフルコミッション。いかにも不動産業界らしい「稼ぐ」ことに主眼を置いたものでした。それを固定給制へと変更したのです。

― どんな想いから、そんな業界常識に反することをしたのでしょう。

 目先の売上や報酬ではなく、社会の役に立つという大きな山。それを追い求めていく会社へとカジを切りたかったのです。不動産の業界にありがちな、「稼ぎたい」という想いだけで自分本位に物件を売っていく風土に、私はどうしてもなじめずにいました。そんななか、あるお客さまとの出会いがきっかけで、「そんな風土でなくてもやっていける」という気づきを得たのです。

 それは、ある上場会社の会長さんの住まい探しをお手伝いし、都内のマンションを紹介させていただいたときのことでした。「こんないい部屋を探してくれたら、仕事へのやる気が高まるね。業績が上がって仕方なくなるよ」と笑顔で言われたんですね。その言葉を聞いて、思ったのです。快適な住まいを提供することで、お客さまのビジネスの業績を上げることができる。不動産を手がける仕事の使命は、じつはそうした点にあるのではないか――と。
 
 その使命を果たすことで、不動産の仕事を、もっと社会のために役に立つものにしていきたいと考えたのです。代表に就任したことを機に、その想いを実行に移したわけです。

― それをサービスの中身にも活かしていったわけですね。

 はい。想いを具現化するものとして生まれたのが、「バトラー&コンシェルジュサービス」という新たなコンセプトでした。

 バトラーとは、お客さまのご要望をかなえる専属の執事のことです。社員の住まいについて、あらゆるご用件をうかがい、ご提案する営業職をバトラーとして位置づけました。一方、お客さまのさまざまな要望に対応する事務職をコンシェルジュとして位置づけ。ときにはバトラーに対する不満をお聞きして、バトラーに改善するように伝える、お客さまへのサービスのなかで、重要な役割を担ってもらうことにしました。

 多くの不動産仲介会社は、契約成立後は入居者対応をオーナーや管理会社に丸投げし、「あとは知りません」というスタンス。それが当たり前になっています。しかし、当社は違っていて、入居中もいかにお客さまの満足度を上げていくかを考え抜くことを重視しています。「カギ渡しまでが仲介」ではなく、退去されて敷金の精算が終わるまでが仲介のサービスであり、その役割をバトラーとコンシェルジュが責任をもって担っていくわけです。

著名経営者

  • テンプスタッフ株式会社

    篠原 欣子
  • 株式会社ドリームインキュベータ

    堀 紘一
  • 日清食品株式会社

    安藤 百福
  • シダックス株式会社

    志太 勤
  • 株式会社IDOM(旧:株式会社ガリバーインターナショナル)

    羽鳥 兼市
  • 日本食研ホールディングス株式会社

    大沢 一彦

プロフィール

  • お名前有村 政高
  • お名前(ふりがな)ありむら まさたか