ニッポンの社長

ニッポンの社長 > 株式会社SPGホールマン 代表取締役 宮﨑 達也

― 宮﨑代表がこの業界に入ったきっかけを教えてください。

 私がテレビの業界に入ったのは30歳のときです。それまでは外食産業の仕事をしていたのですが、ホールマンにいた知り合いから請われて、あるプロジェクトに参加したのがきっかけでした。

 やがて同社の番組制作に本格的に携わるようになり、あるCSの番組を取材から制作、編集まですべて手掛ける機会に恵まれたんです。そこで番組づくりの面白さを知り、次第にその魅力に取りつかれていきました。

 8~9本の番組を掛け持ちして毎日が働き通しでしたが、ストレスに感じることはまったくなかったですね。

 番組を作る過程では、外部のスタッフは局をまたいで制作に参画していることも多く、組織や所属はまったく関係ありません。「いい番組を作りたい」という思いだけで結集し、1人ひとりが個の力で勝負しながらチームで動くわけです。

 その結果、チームの中で築いた自分の存在感は、将来に向けての貴重な財産になります。個の力がチームの力になり、番組の質を上げる。だからこそ、1人ひとりの人財力を育むことが大切だと強く思います。

― 今後のビジョンを教えてください。

 いま、生活の多様化や若者のテレビ離れなどの様々な要因から、テレビの魅力がどんどん減退している危機感があります。一方でテレビは、情報を伝えて人々に笑顔を作り出し、夢を与えることができる素晴らしいメディアだと私は今も強く感じています。

 だからこそ、今の多くの若者にテレビの魅力に触れてもらえる機会を増やしていきたいと考えているんです。そこで、「テレビ業界に興味がある、目指している」という学生をアルバイトとして雇い入れ、ADとして育てていく取り組みを始めています。

 また一方で、かつてテレビ業界にいた女性が、出産や育児などで仕事を休んでいるケースがあります。せっかくのキャリアが埋もれてしまうのはもったいないですから、状況に合わせた働き方を提供することで、その能力を生かせる場を作りたいと思っています。そうした働きかけを通じて業界に人材を増やし、活性化につなげていきたいですね。

― 最後にテレビ業界で仕事をしたいという方へのメッセージをお願いします。

 日本では、テレビはつければ映るというマスメディアであり、同じ時間に全国の人がそれを見て泣いたり笑ったりしています。自分のつくったものが、数千万の人の心を動かしていると考えると、ちょっと震えませんか? 

 私には、AD 一人ひとりがクリエイターとして輝き、やがて業界を輝かせる人財へ育っていってほしいとの想いがあります。そのチャンスをぜひ当社でモノにしてほしいですね。

■ 宮﨑 達也 (みやざき たつや)

1969年、東京生まれ。飲食店の経営など外食産業を経て、30歳のときに株式会社ホールマンでの番組制作に携わりテレビ業界に入る。その後、番組制作現場への人財供給を事業とする株式会社SPGホールマンの立ち上げを牽引したあと、再びホールマンに戻って番組制作に従事。数々の人気番組のプロデューサーとして活躍した。2016年にSPGホールマンの代表取締役社長に就任。同社を「人財プロデュース企業」と位置づけ、人財の活性化によってテレビ業界の構造を変えるべく邁進している。

※このサイトは、取材先の企業から提供されているコンテンツを忠実に掲載しております。
ユーザーは提供情報の真実性、合法性、安全性、適切性、有用性について弊社(イシン株式会社)は何ら保証しないことをご了承ください。自己の責任において就職、転職、投資、業務提携、受発注などを行ってください。くれぐれも慎重にご判断ください。
イシン株式会社

著名経営者

  • 株式会社ワークスアプリケーションズ

    牧野 正幸
  • 株式会社IDOM(旧:株式会社ガリバーインターナショナル)

    羽鳥 兼市
  • 株式会社ニトリホールディングス

    似鳥 昭雄
  • 株式会社大戸屋

    三森 久実
  • エン・ジャパン株式会社

    越智 通勝
  • 株式会社アシックス

    鬼塚 喜八郎

プロフィール

  • お名前宮﨑 達也
  • お名前(ふりがな)みやざき たつや
  • 出身東京都