亜才株式会社 代表取締役 藤原 弘臣

―御社の事業内容を教えてください。
 私たちは企業向けの情報システムを、オーダーメイドにて個別に開発しています。同じような会社は多くありますが、私たちは開発工程、いわゆるプログラミングは全て中国の子会社で行っています。本社の日本には、顧客と打ち合わせをしながら設計を行うシステムエンジニアがいるだけで、プログラマーと呼ばれる人たちはいません。

 最近はオフショア開発に取り組んでいる会社も増えてきていますが、顧客からのコストダウンの要請のため、日本に開発部隊を置きながらオフショア会社を使うという矛盾に陥っている会社が多くあります。一方、私たちは設立時から開発チームを日本に置かずに中国に置いています。さらに、日本で採用した人は、中国で入社研修を半年間行い中国のエンジニアとの協同作業を学んで帰ってきます。

 織田信長が火縄銃を大量に取り入れ、戦い方を根本から変えて騎馬隊の武田軍を破ったように、私たちはオフショア開発ありきで情報システムの開発を根本的に変革したいと思っています。

 一方、それと同時にIT技術者を業務改革の立役者にすることを目指していきたい。日本の技術者にはその持てる知恵や工夫を、顧客業務の改善・改革に活かすように促しています。
―藤原さんが社長になった経緯を教えてください。


 学生の頃、世の中に不満を持っていて、どうにかしたい!という気持ちからロックをやっていたんです。でも、音楽の才能がないことに気付き、『私には音楽では世界を変えられない。では、何をすれば社会を変えることができるか?』と考えていた頃、海の向こうからインターネットがやってきました。

 思えば子供の頃、趣味だったコンピューターでゲームを作っていました。自分にはこれが向いているのでは?これでビジネスが出来るのでは?と、考えるようになりました。

 その当時、「起業したいと思っている。」という話を、社会人の諸先輩方にすると、「一旦、就職して経験を積んでから起業しなさい!」と、説教のように言われました。

 しかし、毎月、会社から給与を貰うようになれば、そこから飛び出して起業しようと決意するのは本当に難しい。まして経験を積むとなると、どこに区切りを置いて起業に踏み出せばいいかわからない。決心が付く頃には、結婚して家庭を持っているかも知れない。そうなると失敗した時のリスクが大きい。

 そこで、ふと気付いたんです。『なんだ、学生って一番リスクが少ないんだ!』と。何も持ってないから失うものがないんです。そこからが苦労の始まりでした。何をやるにも手探り。要領が悪いんでしょうね。駆け出しの売れない芸人のような生活をしていましたね(笑)。

  • 全体ページ数
  • 1
  • 2
  • 2

プロフィール

お名前
藤原 弘臣
お名前(ふりがな)
ふじわら ひろおみ
出身
和歌山県
生年月日
1972年 4月 8日
身長
179 cm
体重
69 kg
血液型
B型
平均睡眠時間
6時間
趣味
若者を育てること
おススメ本
サンクチュアリ(作:史村翔)
尊敬する人
野茂 英雄
尊敬する経営者
世界進出を一代で成し遂げた方々
尊敬する歴史上の人物
曹操
好きな言葉
和僑
好きな歌(曲)
アメリカンハードロック
好きな映画
ゴッドファーザー
いま欲しいプレゼント
ほんやくコンニャク
もし生まれ変わったら?
自分
休日の過ごし方
中国語の勉強
オススメの飲食店
上海人家(中国:上海市)
自分だけの隠れ家
ないですね。
出身校
近畿大学大学院
今日の財布の中身
3千元と5万円