

“カメラのたかた”1号店
髙田明は1948年に長崎県平戸市で生まれる。父親は無類のカメラ好き。そのカメラ好きが高じて、ついには小さなカメラ店を開業する。このカメラ店こそ、現在の“ジャパネットたかた”の前身にあたる“カメラのたかた”だ。髙田は4人兄弟の2番目として育つ。他の兄弟全員もカメラ販売の仕事に従事して、現在では地元で独立して会社経営をしている。
髙田は高校卒業後、大阪の大学に進学。大学では英会話サークルに入部し、英語に熱中する大学生活を送る。小さい頃から英語に興味があり、将来は英語を話せるようになりたかったという。
大学卒業後は、貿易業務で英語力が活かせると聞き、京都にある機械メーカーの阪村機械製作所に入社。そして、入社2年目には欧州駐在となる。欧州では1年弱という短い期間であったが、多くの国を渡り歩き、機械を売り込むという貴重な経験を得る。しかし、その後、大学時代の友人から「一緒に翻訳事業の会社を立ち上げないか」と誘われ、3年であっさりと退社してしまう。その起業話は、しばらくして立ち消えになってしまう。
そこで髙田はやむなく故郷の平戸に戻り、家業の“カメラのたかた”に入って、父の仕事を手伝うようになる。ちなみに家業のカメラ店では、カメラ販売や写真プリントの他にも観光客相手の商売もしていた。これはホテルの宴会場に行き、盛り上がっている宿泊客の撮影をして、その写真を翌朝に届けて販売するというものだった。
その後、家業も順調に伸びて、長崎県松浦市に営業所を出すことになり、27歳の髙田がその営業所を任されることになる。そして、この営業所の立ち上げを髙田は見事成功させた。その後も佐世保に営業所を出すなど家業は発展した。1986年には髙田自身が家業から独立して、佐世保で株式会社たかたを設立する。同社はソニーの特約店になり、ソニーショップとして事業を軌道に乗せた。
そして、1990年に転機を迎える。店舗の改装時やセール時に、宣伝として使っていた地元のラジオ中継車で、コンパクトカメラを販売したところ、5分で50台も売れたのだ。髙田はラジオが持つ影響力に驚愕した。その後、ラジオの通信販売事業に本格参入することになる。
テレビ通販事業への参入は、その4年後である。ラジオショッピングの全国ネットワークを完成させた後に、テレビ通販に本格参入したのだ。そして1999年には現社名の“ジャパネットたかた”に改称。2000年にはカタログ通販事業とインターネット通販事業もスタートし、メディアミックスで日本全国をカバーする体制を完成させる。また、自前主義体制を敷き、佐世保市内に自社専用の本格テレビスタジオを完備させ、番組もすべて自社スタッフで制作する。現在の“ジャパネットたかた”は従業員300名を超え、年商も1000億円(2007年度は1161億円)を超えている。
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お名前 髙田 明 |
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お名前(ふりがな) たかた あきら |
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出身 長崎県 |
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生年月日 1948年 11月 3日 |
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身長 178 cm |
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平均睡眠時間 7時間 |
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平均起床時間 7時 |
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趣味 愛犬(ミニチュアダックスフンド)と 遊ぶこと |
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おススメ本 『チェンジ・ザ・ルール』 |
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購読雑誌 日経ビジネス、週刊ダイヤモンド、 日経ベンチャーなど |
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家族 妻、子供3人、孫3人 |
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今までに訪れた国 約20ヶ国 |
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好きな食べ物 刺身 |
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嫌いな食べ物 特になし |
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座右の銘 夢持ち続け、日々精進 |
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乗っている車 ベンツ(社用車) |