ニッポンの社長

ニッポンの社長 > インタビュー > 世の中に独自の価値を提供する社長 > 一般社団法人 日本グリーフ専門士協会 代表理事 井手 敏郎

一般社団法人 日本グリーフ専門士協会 代表理事 井手 敏郎

悲嘆がいつか希望へ変わることを信じたい

人生において避けて通ることができない死別の哀しみ。大切な存在との死別に直面して深い悲嘆に暮れる人は、今もこれからも決して減ることはない。誰もが経験する死別の悲嘆を傷として終わらせず、いつかかけがえのない希望へ変わることを信じて関わる。そんな寄り添いの担い手を養成するのが日本グリーフ専門士協会だ。代表理事で公認心理師の井手氏はアドラー心理学を軸にした独自の視点でグリーフケアを捉え、従来なかった新たな切り口でご遺族の総合支援を行うグリーフケア業界の注目の存在である。

― 協会の事業内容について教えてください。

 グリーフとは大切な存在を失うことによる悲嘆や心身の反応のことです。当協会では、誰しも経験する可能性がある喪失悲嘆と向き合うための講演、研修、スクール事業、支援活動を行っています。医師、看護師、公認心理師、臨床心理士、介護福祉士、葬祭業、その他、さまざまな業種の従事者や一般の方々に対して、悲嘆に寄り添うための在り方を教える「グリーフケア研修」や死別経験者をサポートする「わかちあいの会」を行っています。

 専門的な知識や技術を身に着けたいという方々に向けて、「グリーフケアスクール」を運営し、修了者には「グリーフ専門士」や「ペットロス専門士」の認定資格を付与しています。2015年4月に協会をスタートして以来、700名(2022年3月現在)を超える方が専門士の資格を取得しています。

― グリーフ専門士の育成における特徴はどのような点でしょうか。

 病死、事故死、自死、その他、死別の状況によっては数年、数十年にわたって苦しみを抱える方も少なくありません。その苦しみや悲しみを抱える方を前にした時に何が必要なのか、臨床心理学をベースに適切な関わり方や在り方をさまざまな角度から体験的にお伝えしています。

 当協会では、死別による悲嘆にじっくり耳を傾けていく「敬話敬聴」と呼ぶ在り方を深く追求しています。一般的に言われる「傾聴」を踏まえ、より「敬意」をもって関わることを意識し、理解を深めることに注力してきました。まずは相手の立場、環境を配慮しながら、共に歩いていく気持ち、同行させていただく気持ちでゆっくりお話を伺います。一方、相手の心の奥底にある本当の望みに触れつつ、現実的な課題に関わっていくことも大切にしています。

 死別を通じて、生活上に大きな困難が生じている方も多いため、仕事や交友関係、家族の中での具体的な課題に対して、自ら気づいていけるような関わりは欠かせないものです。さらに死別で苦しんでいる方の中には、その方自身が自殺のリスク、トラウマ、依存の課題を抱えているケースも少なくありません。臨床心理学の中でも、特にアドラー心理学、ゲシュタルト療法、クライアント中心療法、家族療法、トラウマケアなどは重視して、さまざまな手法を関わりに活かしています。またセラピー、カウンセリング、コーチング手法などを統合した「グリーフダイアログ」と呼ぶ、対話法もお伝えしています。

 グリーフダイアログは、喪失体験を通して自分を見つめ直し、自分がどう生きたいのかに気づき、今まで以上に自分らしく生きることを支えていくための関わりです。つらくて前に進めない、生きられないという気持ちと、なんとか生きたい、一歩でも前に進みたいという気持ちの両極を大切に伺うことで、皆さんが自分なりに折り合いをつけ、何かが少しずつ変わっていかれることを感じてきました。何より、専門士自身が支援者として相手と適切な距離が取れるように、少人数の研修を通じて自分の喪失体験と向き合ってもらうことは大きな特徴かもしれません。

― 死別の喪失感に苛まれる状況から、前向きな気持ちにしていけるものなのですか。

 私たちが悲嘆を抱えた方の同行者(どうこうしゃ)として、痛みに深く寄り添えれば、心の奥底にある相手の希望にも似た想いに触れることはできると確信しています。その時間をきっかけに、ご遺族が前を向いていかれる姿を何度となく見せてもらってきました。

 家庭をかえりみず、仕事だけに没頭していた方が、突然奥さんを亡くして10年以上身動きがとれなかったケースがありました。精神科での薬物治療でもカウンセリングでも状況が変わらなかった方がグリーフケアの場と学びに触れて、はじめて自分を許すことができて、社会奉仕的な活動に目を向けられるようになったこともあります。

 私たちの協会では、死別のつらさ、苦しさ、寂しさなどが入り混じる繊細な感情を「哀しみ」という言葉で表現してきました。誰かに対する怒りや自分を責める気持ちの奥には哀しみがあります。その哀しみを誤魔化さずに認め、気持ちを適切に消化することができれば、哀しみのさらに奥にある愛にも目が向けられるようになります。多くの方がグリーフケアはネガティブな気持ちだけに耳を傾ける取り組みと思われているかもしれませんが、哀しみの奥に隠れた大切な想いを大切に扱うことで相手の状態は変わっていきます。そして、死別という大きな喪失体験は、見落としていた生きる方向を見出す機会にもできると信じています。

 人の話を真剣に聴くのは容易ではありません。しかし、 死を通じた深いコミュニケーションは、人生の大きな転換をもたらす一歩になり得ます。加えて、人生で最も困難な事態に直面している方に深く寄り添うグリーフケアは、人生のあらゆる場面に通じる本質的な対人支援の学びであり、自ら生き方を見つめ直す機会に違いありません。

著名経営者

  • 伊那食品工業株式会社

    塚越 寛
  • 株式会社スタジオジブリ

    鈴木 敏夫
  • エステー株式会社

    鈴木 喬
  • 株式会社IDOM(旧:株式会社ガリバーインターナショナル)

    羽鳥 兼市
  • テンプスタッフ株式会社

    篠原 欣子
  • GMOインターネット株式会社

    熊谷 正寿

プロフィール

  • お名前井手 敏郎
  • お名前(ふりがな)いで としろう
  • 出身東京都
  • 身長173cm
  • 体重62kg
  • 趣味合気道、八光流柔術